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「言葉」について

人類が他の動物を差し置いて

これほどまでの発展をとげた理由のひとつとして、

「言語」というものの存在が、よくあげられます。


狩りを効率的に出来るようになったとか、

知識を後世まで残すことが出来るようになったとか、

なんかそんな感じの理由があるんでしょうけども、

あんまり詳しくはないので気になったらググるなりしてください。


さて。


今回の「同じテーマでブログを書いてみよう企画」、

テーマは「言葉」ということで。


僕らの発展を、何万年も前から後押ししてくれている言葉について、

拙いながらも語っていけたらいいな、なんて。


* * *


僕らの思考や感情というものは、

とても不確かで実体がなくて。


掌にぎゅっと握りしめて

はいどーぞって差し出せたらいいんだけども、

そもそも形がないから掴めなくて。


それならそこで、

諦めとけばよかったのかもしれないんですけどね。


人間は、ほとんど誰でも

言葉ってものを使えるようになっちゃったもんだから、

必死こいて相手に伝えようともがくわけです。


記憶の中にしかない風景を、

キャンバスに再現しようとするかのように。


とは言え、

言葉ってのも別に万能じゃないんだよね。


例えば、

「りんご」を思い浮かべてください。


…………思い浮かべました?


さてさて。


ひとくちに「りんご」と言ったって、

様々なりんごがあります。


皮をむく前のりんごを思い浮かべた人、

むいた後のりんごを思い浮かべた人。


赤りんごを思い浮かべた人、

青りんごを思い浮かべた人。


なんなら椎名林檎やアップル社、

ポルノのベスト盤を思い浮かべた人も、

中にはいるかもしれません。


たったひとつのものを表しているはずの言葉でさえ、

これほどイメージにブレがあるわけです。


そうなってくると、

「悲しい」「嬉しい」みたいな感情を表す言葉は、

より大きなブレが生まれそうですよね。


それでも僕らは、

互いの間にそれほどの誤差はないだろうことを祈って、

言葉を使い続けるしかないわけです。たぶん。


まあ、そういった誤差を埋めていくために、

形容詞だなんだが生まれたんでしょうけども。


そうは言ってもねぇ。


どうしても、ね。


いっそのこと、鳴き声程度の言葉数しか

生まれなければよかったのかもね。


ウガー、ガオッ、グルルルルル......

みたいな。


とは言え。


一度手に入れたものをなかなか手放せないのも、

人間って生き物だよなー。


なかなか業が深いぜっ。



……なんかあれだな。


今回の記事だけ見てると信じてもらえないかもしれないけども、

僕、言葉を使うの、大好きですからね?


あのー、ほら。

好きな子いじめちゃう小学生みたいな。


違うか。


例えば、一切の余白を残さずに文字が印刷されたプリントって、

かなり読みづらいと思うんですよ。


そういう風に言葉には、

ゆとりというか、空白があってよかったなって。


言葉に自分を当てはめるために気持ちを歪めてたら、

本末転倒もいいところだからね。


だから、無理せずに、

余裕をもって言葉と付き合えていけたらいいなぁ。


僕が最後に頼る相手は、

たぶん言葉になるんだろうし。


その時が来るまでには、

上手に扱えるようになってるといいんだけど。


それがいつになるかはわからないけども、

それまで頼むぜ。

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