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「現実逃避」について

お久しぶりのブログ企画、個人的にはもっと頻繁にやりたいんですけど、どうかな。参加人数にもよるんだけど。

さてさて、そんなこんなで今回のテーマは「現実逃避」ということで。

…………耳が痛いよね、うん。

追記でしっかりと自己弁護を……いやいや、現実逃避について考えてみたいと思います。

* * *



本来現実には楽しいことや嬉しいことも沢山あるはずなのに、なぜだか僕たちは、それを素直に受け取らず、自分にとってマイナスな事のみを「現実」と呼びたがる癖があるようで。

例えば楽しい時間は「夢のよう」に感じるし、嬉しいことが起これば「信じられない」と喜んでみたりしますし。

何でなんだろうね、不思議だ。

さてさて、ということは、現実逃避が言ってる"現実"ってヤツは、好ましくないものの事を指しているわけです。

そりゃそうだ。逃げた先にあるのも現実だからね。

いくら現実から逃げようとしてみたって、生きてる限りは360°見渡す限りが現実なわけだから、そもそもそこから逃げようというのが無理な話で。

それでもついついいつもの癖で、辛いことを"現実"と呼び変えて、こんな言葉が生まれたんでしょう。

さて。

そんな現実逃避ですけども、僕はアリだと思ってます。

逃げるのもそれはそれでひとつの戦いですし、もしも逃げ延びることが出来たなら、それだって立派な勝利の形でしょう。

行き着く先はどっちにしたって"現実"なのだとしたら、好ましい方に進みたいじゃないですか。

まあ、目指すものがある方向を現実が塞いでいるのだとしたら、逃避ばかりしていてはダメなのかもしれませんが。

ダメっていうか、少なくとも、遠回りにはなりそうですけども。

んー……いまいちフェアな目線で見れてない気がするなぁ。

というのも、僕が絶賛現実逃避中だからなんでしょうけど。

周りの友達たちは就活やなんやと進んでいく一方で僕は、のんべんだらりとぬるま湯生活を続けているわけですから、なんとも。

まあ、その判断というか、現状に関しての後悔はないんですけどね。

無理に就活して社会人になってたら、たぶんその方が後悔してた。

それでも大多数の人(そしておそらく僕もそこに含まれる)にとって、やっぱり「就活」というのは現実であって、今現在僕は結局、なんだかんだと逃げてるだけなのかもなぁ。

だからこそ、逃げに対して寛容なのかも。いや、厳しくなりたいわけでもないんですけど。

じゃあどうなりたいんだって言われても困るんですけどね。


モラトリアムという言葉は、日本語に直すと、猶予期間というそうです。

現実から逃げ出して、走り続けてるその時間こそが、まさにそれなのかも。

だとするならば、走り続けるだけの体力がほしいなぁ。

「目的地を決めるには早すぎる」なんて言っていられる年齢ではないのは百も承知ですけど、もう少し、時間を。

走り続けることさえ出来れば、きっとそのうち景色も変わるでしょ。
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